twitter発tumblr経由で得た名言を仕事に生かす
webz:
blogの記事を書くことは思考と文章の訓練になる。tumblrを眺めてると名言が頭にストックされていく。twitterの普及がまたそれを加速させているような気がする。最近、仕事でコミュニケーションしてるとそういう名言と言うか誰もが納得するような一言みたいなのを発言することが多いような気がする。それは絶対何人かのtumblrを購読してて、そこからパクってる。そして、そのtumblrにそういう名言と言うか世の中の真理みたいな投稿を流し込んでいるソースはtwitterだと思う。
と言う訳で皆さん、twitter発tumblrに流れ込んでくる名言を元に、blog投稿でそれらの名言をうまく料理(論理的に結びつけて)して仕事に生かしましょう。でも仕事はプレゼンとかコミュニケーションだけじゃないので、「あいつは口ばっかり」とか「プレゼンだけだな」と言われないように。
Syoichi
岩田:
私は、iPhone型のビジネスよりは、キンドル型のビジネスの方が興味があります。それはなぜかと言うと、お客様が通信費を負担するのではない、新しいビジネスモデルを提案しているからです。
iPhoneが携帯電話の中で一定のシェアを持ち、さまざまなスマートフォンと呼ばれるプロダクトの中で最も成功したものであると、私自身もユーザーですけれども、そうなったというのは分かります。しかし一方で、iPodはもともとビジネスも大きかったので、iPodのビジネスがそろそろ限界に到達した時に、アップルさんは実にいいタイミングで電話への拡大を図られたな、というのがむしろ私の見方です。iPhoneで化けたというより、もともと化けていて、化けていたものが成長を鈍化させずに済んだというのが、実態ではないかと思います。ただ、いかんせん、お客さんは毎月何千円を払える人だけです。毎月何千円を払える方というのは、実は任天堂のお客様と相性が必ずしもよろしくありません。なにせ我々が作っているのは娯楽のための製品ですので、それに「向こう2年間、毎月何千円払うのを約束してください」というモデルは、なかなか相性が良くありません。
一方で、キンドルのビジネスモデルはちょっと面白くて、いったんハードを買うと、中に3Gの通信機能が入っていて、いわば携帯電話のパケット通信ができるわけですが、お客さんは(通信のためには直接)お金を払わないんです。本をダウンロードで購入すると、その時に必要なパケット代は本の代金の中に入っているというモデルです。ただ、収益が上がっているわけではないと読んだことがあります。それでも、お客さんが負担しないでできている。しかも、最近はアメリカだけでなく、世界中に展開されています。日本のたとえばキャリアさんが、あのモデルにハッピーかどうかは私は分かりません。きっとどちらかというと、アンハッピーでしょう。ですが、うまくモデルをつくられたなあと思います。
我々も、別に3Gのテクノロジーに恨みがあるわけではなくて、お客様が毎月お金を払うという構造ではない形で、何か面白いモデルが組み立てられたら、無線とつながればできることは増えますので、そういう可能性は否定いたしません。ただ現実に、それをしようとすればハードのコストアップも伴います。携帯ゲーム機はお客様が買える値段にしなければなりませんが、「任天堂は新モデルを出すたびに値段上げてるぞ」というご批判もいただいているようですので、「携帯型が据置型より高くていいのか」というようなことも含めて、未来の可能性の1つとして、無線とつながる可能性やその技術動向、そしてお客様が毎月お金を払うのではない形で、その技術をうまく使ういい方法というのを、我々なりのソリューションとして考えることによって、通信と携帯ゲーム機というのは本来相性がいいですから、その中で、未来のどこかで答えを出したいと思います。
以前から私は、「携帯電話は付けないんですか」というご質問には、「いや、お客さんが毎月お金を払わなくてよくなったら付けてもいいですよね」とよく申しあげているんですが、その根っこは変わっておりません。
株主・投資家向け情報:2010年3月期 第2四半期(中間)決算説明会 質疑応答
普通に読むと通信事業者が怒り出しそうなこと言ってるけど、たぶん岩田さんが言いたいのはコストの話じゃないよね。ビジネスモデルのもう一つ上のレイヤーでのことなんだと思う。
(via buru)
これは、自分たちがやってるのはエンタメで、必需品じゃないということを前提としての語りだと思いまする~~。
(via swmemo)
Syoichi
Syoichi
もうなんか、これに尽きるというような意見が出てきた。英語のできないやつは世界のWebサービスで通用しませんよって当たり前か。当たり前なんだけど、動く現物があればなんとか分かってくれるだろうとタカをくくっていたようなところがある。甘かった。あれだ。悪しき日本人の「いいものを作れば売れる」幻想。
言語の壁は情報の壁である以上にユーザーにとって心理的な、いわば空気の壁でもあって、空気の壁を感じさせたらユーザーは敬遠する。相手の文化圏の空気が分からなくては、ユーザーに受け入れられる筈もないと感じた。ふぁぼったーは英語インターネットの空気が分からなかったのでfavstarに負けたんだ。
Syoichi
なぜネットで情報発信するのか
答えの見つからない疑問を抱えつつ、画面に向かっている。 テレビゲームは長時間やったらいけないと親にはしつこく言われ、おかげでゲームは好きじゃない人間になれたのは良かったと思う。
そんな制限もいつの間にか過去のものとなり、学生時代はインターネットに夢中になった。新しい世界に足を踏み入れ、まだ誰もが使うアイテムになっていなかった当時は優越感みたいなものもあったに違いない。
そんなのは自慢でも何でもないけれど、ここしばらくはTwitterでつぶやくのが日常になっている。朝の移動中、始業前、休憩時間、帰りの移動中、帰宅後とリアルタイムを伝える。
別に見てもらいたいとか、構われたいとか、そういう気持ちが背景にある訳でもなくつぶやいている。
それは悪いことではないのだけど、人のつぶやきを眺めるのも楽しみのの一つなわけで、ついつい時間が経過する。ネットサーフィンと同じだ。
時間を効率的に使えるようにネットではRSSリーダーを使ってパソコンやiPhoneから情報収集したり、ハードディスクレコーダーの録画で必要なものだけを1.3倍で視聴する工夫をして、極力睡眠確保やゆとりを持たせる努力はしてるけれど、そこから生まれた時間を食いつぶしてるかのように感じている自分がいる。
隙間時間を有効活用といいながらもハマって制御出来ない自分は甘いのだろうし、相手に合わせようとするのも優しさではないのかもしれない。後者は特にTwitterで感じること。
仕事などしてるしてないも人それぞれだし、有名人に肩を並べたいと背伸びしたくなったりもある。相手からのメッセージがあればすぐ返したくなるし。
仕事以外の自分が見つけられない。ネットの世界に浸ってるだけみたいで、現実逃避してるかのようだ。
それでは、一生独りで生きていくことになるのだろうと強く感じる。変えないといけない部分があるのはわかっているのに直せないのは、ある意味、この仕事に不適格なのかもしれないね。よい人間になれたら、少なくともこんな自分にはなっていないはずだ。
タイトルからどんどん乖離してるので、今回はここで終えておこう。自分に付加価値や魅力があるようになりたい。口だけじゃなくてね。
Syoichi
メディアに備わる時間感覚
日刊紙である大手新聞社の提供する情報が、とても古いもののように思えるのが不思議。
「あれ、それって昔の話じゃ?」というニュースが新聞の一面を飾っていたりする。その情報は昔ではなく、前日のお昼にインターネットで見た情報だったりするけど、気になってWikiで調べたりブログを見ていたりすると、「昔から知っていた情報」のように脳が思い込んでしまう。
で、新聞記事を改めて見てみると、インターネットで調べた以上の情報は載っていなかったりする。インターネットに載っている情報の一部は、まだ載っていなかったりもする。(いや、大人の事情で載せられなかったりする。)
日刊紙が、まるで過去にタイムスリップしているような錯覚を覚えてしまうような情報環境にあって、僕は日刊紙を取るだろうか。
タイムラインという「新たな現実」を作りだしているTwitter型メディアは、日刊紙を過去のものへと葬り去ろうとしている。これは二重の意味で「過去」へと追いやっているのだ。
Syoichi
ニコニコ発祥のコンテンツで人気が出たものってさあ、
著作権者の意思とは無関係に勝手に「みんなのもの」にされてね?
上の事件もこの「みんなのもの」意識が余計に大火事にしてる気がしてならないんだが。
ほとんどの作り手は別に「みんなのもの」として提供するためにニコ動に上げているわけじゃないだろ。
自分なりに良いと思えるものを作ってみた、褒めてもらえたら嬉しいし、自分のスキル向上のためにアドバイスがもらえたりするのもいい。そんな感じ、最初は(まともな投稿者であれば。工作狙うやつ除く)誰だって軽い気持ちで上げているはず。
だから、少しくらいの二次創作なら「評価してもらえた」証として嬉しく思うかもしれない。でも、そこから先は話が違ってくる。
VOC@LOID NIGHTでみくみくにしてあげる♪を流せない・・・
>VOC@LOID NIGHTでみくみくにしてあげる♪を流せない・・・
ではなくて、その他の曲についても、著作権者の了承と代価を払うべきでは?
それが著作権を守ることになるのではないのですか?
JASRAC登録に登録してない曲だから、勝手に使ってもいいではありませんよ。
(http://remoto.818nc.jp/archives/blog/200712281249.php
の※欄より)
下※が正論。拡散が過ぎると著作権意識の低下がはじまる。「ぜひCCに」という意見もあるけど、それは消費者側のわがままであって、著作権者の義務ではない。
ニコ動を著作権無視の無法地帯にすべきでないのは、プロだろうがアマだろうが違わないと思うんだけどね。「アマ作品であれば二次利用は常に許容されるものであるべき」なんてルールはない。二次利用がニコ動の推進力になっていることは否定しないが、著作権者がニコ動に協力する義務もない。ニコ動としては視聴者や自分たちだけでなく、著作権者にもニコニコしてもらえるようにしなければならない。
それから、「ニコ動の報酬は敬意」っていう話が以前あって、自分もそれには賛成したけれど。
お金を稼ぎすぎると、それに群がるやつが増えてお金が嫌いになる、なんて話も聞くように、
敬意も稼ぎすぎると、ね。おそらく価値が下がってしまうんだろう。
たとえば「メルト」の人って、最初動画を上げた頃にもらっていた称賛の声と、祭りがはじまった後の称賛の声、
どちらが嬉しかったんだろう? 量的には祭りのときのほうが圧倒的だけどさ。
敬意を十分稼いだ後、報酬を金銭に求めても怒るようなことじゃないと思うんだけどなあ。
Syoichi
■対症療法の限界
フェアユースのような包括的権利制限規定を持たないわが国では、個別の権利制限規定を必要の都度、追加することで対応してきた。しかし、アナログ時代に作られた著作権法へのこうした対症療法的な政策には限界がある。検索サービスだけを例にとっても以下の問題点が指摘できる。
まず、アーカイブ(文書保存)である。米国の非営利団体インターネットアーカイブは、過去のウェブページをアーカイブする「ウェイバックマシン(http://www.archive.org/web/web.php)」を運営している。このウェイバックマシンに対する著作権侵害訴訟は提起されていない。非営利団体で、かつ歴史的資料の保存という社会的に意義のある目的を果たしているため、当然フェアユースが成立すると思われるからだ。今回、日本の著作権法改正で認められるのは検索エンジンのサーバーへのキャッシュ(一時保存)までであって、ウェイバックマシンのような永久保存は認められない。われわれの過去のホームページを見るのも米国の民間団体のサービスに頼らざるを得ないのである。
アーカイブの問題は「ブック検索騒動で日本の書籍デジタル化は加速するか」で見た、国会図書館のデジタル化にもかかわる。今回の著作権法改正で著作権者の許諾なしにデジタル化できる対象は広がったが、権利者や出版社などとの合意で、デジタル化しても館外には出せない。これに対し、韓国は今年5月に国立デジタル図書館を開館した。世界初のデジタル情報専門図書館で、有益なウェブ情報も保存する。わが国はウェブ検索サービスだけでなく、アーカイブや書籍デジタル化でも他国の後塵を拝しているのである。
(中略)
必要の都度、個別権利制限規定を追加する対症療法的な改正では技術革新の時代に追いつけない。予測不可能な技術革新にも柔軟に対応できる、フェアユース規定のような権利制限の一般規定の必要性は高い。
Syoichi
ハードウエアなら磨耗や変質などによって寿命があることは歴然としているし,民生品なら補修部品がなくなれば買い替えざるを得ない。しかし,ソフトウエアは同じ環境にそのまま置いておけば,いつまでも同じように動き続ける。開発当時よりもエンジニアのスキルが上がり,システム・ソフトウエアの仕様も改善されたので,以前作ったソフトウエアの手直しは開発コストがかかります,という話はとても受け入れてもらえないだろう。
それならこういう考え方はどうだろう。ソフトウエアも時間が経つにつれて,ハードウエアと同様,劣化するとみなすのだ。技術者のレベルが上がったり,システム・ソフトウエアの仕様が改善されたり,あるいは技術者が開発当時の事情を忘れたりして,ソフトウエアは陳腐化していく。すなわち劣化していくという理屈だ。
世間一般でこのような考え方が通用するとは思えないかもしれないが,せめて開発を手がけている技術者や営業担当者は「ソフトウエアは劣化していくものだ」という意識を持って顧客と交渉してみたらどうだろう。そうすれば,過去のシステムであることによって生じるストレスに見合う条件で仕事ができるのではないだろうか。納品後に一定の時期を過ぎたら経年劣化によるリプレース,すなわち作り直しを強く勧めて新規案件に導くという営業方針も立てやすいのではないか,と思うのである。
Syoichi
企業が使うにはまだ早い
グーグルが手掛ける製品・サービスに対しては、こんな指摘もある。「国内の企業が、社内システムにグーグルの製品・サービスを本格的に採用するには、高いハードルがある」(富士通の有馬啓修サービスビジネス本部プロジェクト統括部長)。その理由は、「国内の企業はセキュリティや信頼性にかかわる要求水準が高いからだ」(同)。
ユーザーがGoogle AppsやGAEを使う場合、自社のデータが、どのデータセンターのどんなサーバーで保管されているのかを把握することはできない。グーグルが「データの保管場所を明かさない」という考え方は、コンシューマ向けサービスである広告配信や検索サービスと同様である。
グーグルのこうした方針に対し、日本IBMの小林誠士未来価値創造事業クラウド・コンピューティング事業推進ソリューション・アーキテクトはこう述べる。「コンプライアンス(法令順守)の観点から、企業は安心してグーグルにデータを預けられないだろう。個人情報漏洩事件が頻発したり、企業をとりまく法規制が厳しくなるなか、文書管理や電子メールのシステムであっても、企業はセキュリティ対策に非常に神経質になっている」。
Syoichi
収益モデルの確立が課題
顧客企業へのドアノック商材として、システムインテグレータの期待を集めつつあるGoogle製品。だが課題はある。
「Google Appsの再販だけではビジネスにならない。企業が利用中の既存システムとの連携サービスや、セキュリティレベルの向上といった、付加価値を提供しなければならない」。住商情報システムの藤森覚戦略ビジネス事業部門新規事業開発室長は、気を引き締める。
Google Appsの料金は1人当たり6000円。企業に導入されれば、毎年決まって年間利用料金が入る。いわば、ストック型ビジネスになる。
ただし大きな収益源にするには、相当多くのユーザー企業を獲得しなければならない。Google Appsの販売マージンは、ある販売代理店によると「10~20%程度」という。単純計算すると1ユーザーに売って、600~1200円である。
さらに、「Google Appsの保守サポ ートビジネスで稼ぐことも難しい」といった声も聞かれる。「Google Appsは、手離れがよすぎる。ユーザーが導入して、数カ月もたつと、『サポートは不要だ』と言われてしまう」。ベイテックシステムズの原口豊代表取締役はこう話す。
つまりシステムインテグレータは、Googleの製品を軸にした、儲かるサービスを自力で生み出す必要に迫られている。一方、商材を提供するグーグルも、営業・技術の両面からパートナー支援策を拡充する必要がある。
グーグルは、エンタープライズ分野の顧客ニーズやビジネスのやり方などについて、多くのシステムインテグレータから学ぶ必要があるかもしれない。いずれにせよ、製品の機能強化だけでは十分とはいえないのである。
Syoichi
Google Appsを使うようになってから、外出先や移動の合間に業務を進めることができるようになった。「わざわざノートパソコンを開くことなく、携帯情報端末を使って、気軽に電子メールの内容や顧客情報を参照できるようになったことが大きい」(間下副本部長)。
富士ソフトの従業員の働き方はこう変わった。出社する前に通勤電車のなかで、アップルの「iPhone」などのスマートフォンを使ってメールの内容を確認。これにより、メールの処理効率を高めている。
顧客に訪問する際、Google ドキュメントの機能を使って、顧客データを携帯情報端末から引き出す営業担当者も増加中だ。資料を印刷する手間や、確認し忘れた情報をいつでも入手できるようになったのである。
顧客先に常駐するシステム開発担当者は、面倒な設定作業をせずに、顧客のオフィスから、いつでも新しい社内情報共有システムにアクセスできるようになったのだ。顧客のセキュリティ対策の都合で、社外システムへのアクセスを許可してもらえないことがある。このため従来は、常駐するSEが数日間、社内メールを確認できない場合があったという。
Google Appsを利用するようになってから、添付ファイルを送信するための操作の手間が省けた。データ検索の速度も向上した。細かな点だが、これらも、従業員の生産性向上に貢献している。
現在、従業員はファイルを添付してメールする必要がなくなった。ファイル共有はGoogle ドキュメントで済ましているからだ。機密情報を含んだファイルを暗号化する、といった操作が不要になったのである。
検索速度が上がった点について、富永シニアマスターは「Gmailは過去のメールなどを検索するスピードが、クライアントにインストールするタイプの一般的な製品に比べて速い。多数のサーバーを使った分散処理により検索スピードを高めているからだろう」という。
[活用事例]国内最大級、約1万人が利用情報共有システムを完全撤廃:ITpro
検索連動型広告以外にもこうしたエンタープライズ分野を収益の柱にできるかがこれからのGoogleの発展のカギになる。
Syoichi
実際のところ、大幅な見直しの対象とされた通信放送関連法制は、必ずしも放送コンテンツのネットでの流通を阻害する要因ではなかった。ネット上で放送コンテンツが流通しないのは、一義的には権利者とネット配信事業者とで利害が一致しないビジネスモデルや契約上の問題であり、制度論としては著作権法で放送局に対してのみ権利者による差し止め請求権を制限する「放送権」「包括許諾」をネット配信事業者に認めるかどうかが議論となった。
竹中懇談会を受けて放送と同様のサービスをIPで提供する「IP同時再送信」に限って放送権が認められ、NTT東西の「フレッツ光ネクスト」でIPTVが提供されたものの、ケーブルテレビと比べて加入者数は微々たるものである。光回線加入者に対しても、IPを使わず光に放送波を乗せる光ケーブル技術を使った方式が主流となりつつある。放送のように高品位の映像を多数の加入者に同時配信する場合にはIPは必ずしも効率的ではなかった。
「総合的な法体系」へ向けた議論が遅々として進まぬなか、海の向こうでは「YouTube(ユーチューブ)」がネット上での動画配信サービスを開始し、多くのテレビコンテンツが無許可でアップロードされた。日本でも「ニコニコ動画」が爆発的に流行し、数多く生まれた草の根コンテンツのなかには商用化されたものもある。
NHKはオンデマンド動画配信や海外向けストリーミング放送を開始し、民放もインターネット動画配信サービスを手がけるほか、YouTubeや「Gyao(ギャオ)」と組んでネット上での動画配信を始めている。これらの事例は、通信と放送の融合に向けたボトルネックは制度よりもビジネスモデルにあったことを示唆しているし、「総合的な法体系」を待たず通信と放送の融合は着実に進展している。
Syoichi
■「夢よ再び」ねらう米国政府
10月7日の会合で、両当事者は11月9日までに修正した和解案を提出することを約束した。わずか1カ月でこうした難問に答える和解案を提出できるかは予断を許さない。にもかかわらず、米政府がここまで和解成立に前向きな理由は何だろうか。
その解は米国のしたたかな国家戦略である。
90年代にITは米国経済のけん引役となった。IT革命によって生産性は劇的に向上し、ついには景気循環を乗り越えるまでに至るという「ニューエコノミー論」まで語られるようになった。
サブプライム問題以降、地盤沈下を続ける米国経済。「夢よ再び」で、今回もグーグルなどのIT企業に経済復活の救世主になってほしい、という米国政府の願望が、この意見書からは透けて見える。
いよいよ、この件は高度に政治的な問題となってきた。
Syoichi
グーグルはなぜ、プログラムの内製にこだわらずに、オープンソースプログラムの改良という意思決定をする傾向が強いのか。またなぜ、そうして開発したソースコードを積極的に外部に公開するのだろうか。筆者はそれが、グーグルが深くかかわるオープンソースコミュニティの「流儀」だからだと感じている。
自分の書いたコードを社外の人々にも見せたいし、議論して磨き上げたい。慣れ親しんだオープンソースプログラムを使って仕事がしたい。仕事で書いたコードが便利だから、趣味のプログラミングでも使いたい――。オープンソース界出身のプログラマにとって、これらは自然な欲求である。
そしてグーグルは、オープンソースプロジェクトの開発者をリクルーティング資源ととらえ、積極的な採用を進めてきた。学生向けのオープンソースプロジェクト開発支援プログラム「Google Summer Of Code」も、リクルーティング活動の一環である。
そうした人材確保の結果として、グーグルにはオープンソース界出身の開発者が多数参集している。オープンソース出身者がかかわる以上、企業の意思決定にオープンソースの流儀が反映されるのは、当然の成り行きだ。
Syoichi