“この流れで、「やっぱもう RSS とか終わりじゃね?」 (いや、かなり前から死んだとか言われてたけど) とか、「もう Twitter とか Facebook とか Google+ で代替すればいいじゃん。RSS とかいらね」 みたいな空気が広まって、RSS を提供するのをやめちゃうサイトが増えなきゃいいなと本気で思います。RSS に対するニーズが一般的じゃないのはわかるけど、それを提供することが負担にならないなら、選択肢としての 「RSS による配信」 は残しておいて欲しい。
Twitter とかのソーシャルサービス経由で情報を得るのが嫌だってわけじゃなくて、選択肢が減るのが嫌なんですよね。選択肢は色々あった方がいい。それに RSS で取得できるデータは扱いやすいです。Twitter で新着記事をお知らせされてもそれは単なるリンクの通知でしかなかったりと情報量が少なすぎるし、Twitter 上ではフィルタリングもしにくい。Facebook とかも同じようなもんだし、そもそも特定のサービスに依存したくないってのもありますよね。
あと、今どき大量の情報を摂取しなくたって、キュレーションされた結果だけ追ってればいいじゃんみたいな意見もありますが、それは個人の好みの問題だと思いますから言っても仕方ないかなと。個人的にはとにかく元のデータはいっぱい欲しいんですよね。そこから自分でフィルタリングしたい。大量の情報の中から自分にとって面白い情報を探し出す課程が楽しいんだっていう話なので、他人様にフィルタリングしてもらうのは場合によってはいいけど、それがメインってのはないな~と。
”
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TaberarelooでTumblrのTwitter/Facebook連携ができなくなっている問題について
Taberareloo 2.0.76では、Tumblrの仕様変更により、Tumblrの設定ページからTwitter/Facebook連携を有効にしていても、TaberarelooによってTumblrへ投稿した時にポストの共有が行われないという問題があります。この問題は、Taberareloo 2.0.77で、Taberarelooの設定の「エントリ内容/他」における「Tumblrへの投稿をTwitterでも共有する」、または「Tumblrへの投稿をFacebookでも共有する」を有効にする形で解決できるかもしれません。

この設定はデフォルトでは無効になっています。
TaberarelooでのTumblrのTwitter/Facebook連携は、Taberarelooの設定で共有の設定が有効になっていれば、Tumblrの設定ページでTwitter/Facebookの認証を済ませているだけで行われます。Tumblrの設定ページで無効になっていても共有されるので注意が必要です。サブアカウントについても同様です。もちろん認証をしていなければ共有されません。
何故設定が必要になったのか?
Tumblrへの投稿の前に、TumblrのTwitter/Facebook連携が有効になっているかを知る、簡単でTumblrに負担をかけない方法がわかっていない事に依ります。投稿前に逐次Tumblrの設定ページ(http://www.tumblr.com/blog/USERNAME/settings )を取得すれば可能かもしれませんが(実際に実装して確認はしていません)、サブアカウントまで考慮するとTumblrとの通信が増えて負担をかけてしまい、さらにユーザーにとっては投稿するまでの時間が長くなってしまう事になります。また、Taberareloo起動時にTumblrの設定を取得して保存し以降はそれを参照するという方法も考えられますが、その場合はTaberarelooの起動中にユーザーがTumblrの設定を変更した場合に対応できないという問題があります。
Tomblooでは設定は必要ない。Tomblooのやり方では駄目なのか?
結論から言いますと、実際に実装してみて確認はしていないのですが、TaberarelooでもTomblooのやり方を採用できる可能性はあります。
TomblooではTumblrとの通信時、User AgentをAndroid 2.3.4のBrowserのUser Agentに書き換えて以前の投稿ページを呼び出し、そこから設定を取得して投稿しているようです。私が確認した限りではUser AgentはIE 7-9、Safari 5.1.7、Opera 12.14などのものでも以前の投稿ページになるようです。このUser Agentの書き換えをTaberarelooで行えればより良い対応ができたのかもしれませんが、私がTumblrの仕様変更に対処した当時は難しい環境にありました。
Google Chromeでは拡張機能であっても、XMLHttpRequestでUser Agentの書き換えをする事はできないようです。
User Agentの書き換えには、Web Request APIのonBeforeSendHeadersが必要らしく、公式にもUser Agentを操作するコードが例示されています。Google Chrome 24では、拡張機能からTumblrのページを取得するケースでは、User Agentの書き換えは行われない事を確認していました。しかし、先日リリースされたGoogle Chrome 25では、このケースにおいてもUser Agentの書き換えが行われるように変わったようです(Chromiumにおける該当するrevisionは不明)。
検証したい方は、GitHubにhttp://www.tumblr.com/new/text のようなページにアクセスした場合にUser AgentをIE9のUser Agentに書き換える拡張機能を公開しましたので、インストールしてこの拡張機能のBackgroundページをデベロッパーツールで開いて、XMLHttpRequestでTumblrのページを取得してみてください。画像のようにNetworkパネルで確認できると思います。
このようにTaberarelooでもTomblooのやり方を採用できる可能性はあるようなのですが、実装できたとしても、この方式への転換には以下の様な問題が考えられます。
- Web Request APIのonBeforeSendHeadersでUser Agentを操作する場合、拡張機能は新たに「webRequestBlocking」というPermissionをユーザーに要求する必要がある為、ユーザーはTaberarelooの権限変更が行われた場合、継続利用する為にはこの変更を受け入れなければならない(参考)
- 「webRequestBlocking」をPermissionに含む拡張機能はChrome Web Storeで公開する際に審査を受けなければならない為、Taberarelooのリリースを行なっているConstellationさんが大きな負担を被ってしまう(参考)
こうした問題により、私は直ちにこの方式に転換する必要性は低いのではないかと考えています。
“実名とかで現実のアイデンティティを担保にとれば、コメントとか炎上もなくなってまともになるでしょうって話だったけれど、facebook でそれが現実になってみたが結果的にはぜんぜんまともじゃなかった。
アイデンティティが現実世界のそれだから、いろんな意味で発言の評価が本人に結びつけられた場合のフィードバックが強すぎるんじゃないだろうか。書く側は、なんだか立派なことを言ってみたり思ってもないことを言ってみたりと格好つけるし、読む側からの印象としてはそれ全部がひどいポジショントークに見えてしまって気分が萎える。
たしかに自分も、実名・・・というか現実のアイデンティティが隠せないようになれば、ネット上でもまともなコミュニケーションが生まれるのかなと期待していたところは少なからずある。でも、全然そうじゃなかったというか、逆に、facebook のそのアイデンティティを強く意識してコメントしたりしていそうな人ほど信用ならないようなものができあがってしまった。
”
“もともと自分はtumblrで画像をreblogすることは少なかったのでTwitterに連携していた。画像の投稿はTwitterだと「画像」と表示されるだけなので見る人にとってノイズになりやすいからだ。それが引用も同様になってしまったので、tumblrのTwitter連携ははずした。Facebook連携は画像も引用もいい感じに表示してくれるのだが。”
Facebookに転職しました
音楽性の違いから昨年より転職活動をはじめたところ、Facebookに採用されましたので、3月いっぱいで三菱総合研究所を退職しました。在職中は多くの方々にたいへんお世話になりました。まだあまり実感が湧きませんが、今週から本社のMenlo Parkで研修がはじまっており、私も正式な社員となったはずです。
Facebookは噂に聞いていたとおり、ゴハンもレッドブルもタダだとか、会議室の名前が変だとか、支給されたのがMacBook Airだったとか(人によって異なるようです)、色々と面白いのですが、そうした細々としたことより何より、いい環境でいい仕事をして世の中を良くしようぜ! というまっすぐな姿勢に元来皮肉屋の私は一番驚きました。
なにぶん大勢の人が利用するサービスですので、不安や誤解を招きがちではありますが、機会があれば、研究員という出自をうまく生かして、中立的な視点を保ちつつFacebookのメッセージを咀嚼して伝えていきたいと思います。
それにしても研究員時代は流行りのネタを仕入れては分析する立場で、Facebookについてもずいぶんと言いたいことを言ってきたことを思うと、中の人として働くのはなんとも不思議な感じがします。
ちなみにFacebookではAd Operationという、広告分析の仕事を担当します。日本におけるFacebookは、ちょうど私が採用される直前に月間アクティブユーザが1000万人を突破という記録を成し遂げたところですが、ビジネス面での活用については、まだまだこれから発展していくところだと思います。
私はこれまで広告のスペシャリストではなかったものの、ずっとビジネスの立場からソーシャルメディアを生かしたいと思ってきたので、本当に良いチャンスが巡ってきたなという感じです。幸か不幸か簡単な仕事ではなさそうですが、今後ともよろしくお願いします。
ところで、今後きままな情報発信をどれだけ続けられるかは分かりませんが、先月末に行ったmalaさんのインタビューは、インターネットのアーキテクチャをめぐるたいへん盛り沢山なものなので、なんとか近日中に記事にするつもりです。こちらもよろしくお願いします。
(いつもエンジニア系の方々の転職話ばかりが話題になるので、リサーチャー系も転職してるぜ! と言いたくて書きました。もっと色々な職種の人が転職話を披露するといいと思います)
“アッソリーニ氏は、悪質なChromeエクステンションを用いたブラジルからのFacebook詐欺件数が最近増えているのを確認したそうだ。
問題のエクステンションがChromeブラウザにインストールされると、攻撃者はターゲットのFacebookアカウントを完全に乗っ取ることができ、被害者のFacebookフレンドにスパムを送信したり、ユーザーの知らないうちに任意のページで「Like(いいね!)」ボタンを押したりする可能性が出てくるという。
ある事例では、悪質なエクステンションが「Adobe Flash Player」に成りすまして、オフィシャル・サイトのChrome Web Storeに紛れ込んでいた、とアッソリーニ氏は説明した。正体が露呈するまでのあいだ、このエクステンションは923名のユーザーによってインストールされていたという。
「われわれはこの悪質なエクステンションについてGoogleに報告し、同社はすぐにストアからこれを削除した。それでも、一連の詐欺の背後にいる犯罪者らは、定期的に新しい偽のエクステンションをアップロードしている。イタチごっこのような状態だ」(アッソリーニ氏)
複数の偽装エクステンションをChrome Web Storeに投稿し、同時にこれらを売り込むFacebookスパムをばらまくことで、攻撃者はあっという間に数千ものアカウントを支配下におけるようになる。
乗っ取られたアカウントは、犯罪者が特定のページを「Like」にしてカネを稼ぐのに悪用されてしまう。彼らは1,000、1万、5万、10万といった単位で「Like」をパッケージ化し、Facebook上で注目を集めたい企業に販売しているのだ。
”
“TwitterとかFacebookは追っかけてないと置いてけぼり感がどうしてもあるけど、Tumblrはいつ開いても同じように次へ次へ続いていて、日付も時間も何もかも切り離されているから安心する”
“Stanley Millgram の「六次の隔たり」について触れた 新ネットワーク思考を読んだとき強く印象に残ったのは、6人を介せば友人知人に繋がるという話し・・・ではなく、いつも自分に重要な人生の転換期を与えるのは、強いつながりの人たちではなく弱いつながりの人達である・・・という「弱い絆の強み」のくだりでした。
親しい友人や会社の同僚は同じような生活様式あるいは同じような価値観/時間軸で日々暮らしている。一方、少し離れたつながりにいる人々は、異なる価値観、時間軸、生活様式に暮らしているから、そのどちらが自分にとって非連続な価値をもたらすかと言えば、後者だと、そういう話です。
情報は、そこに既知の事実が含まれれば含まれるほど、そこに情報量はないとみなされます。ただ、あまりにも自分の知らないことだらけでは、その情報には関心が持てません。関心のある情報のうち、情報的価値の高いものが自分にとって良い情報。そんな情報を持っているのは、強い絆の人たちではなく弱い絆の人たちではないだろうか、とそんな仮説を持っています。
そういう意味で facebook が表現するリアルグラフは、自分にとって重要なニュースを知るための情報源としてのグラフとしては、うまく機能しません。そのグラフは強い絆に偏りすぎています。Twitter のように弱い絆を実現できるグラフの方が有利でしょう。有事の際に Twitter がより(コミュニケーションインフラではなく)メディアインフラとして機能するのには、そういう側面があると思いました。
しかし、Twitter は Twitter で、URL を伝搬させるインフラとしての機能には特化できていない。日々のコミュニケーションに必要なグラフつまりは強い絆と、情報源としてのグラフである弱い絆、これを切り離すことは容易にはできない。彼らはいずれ、そういう部分も包含しにくるのだとは思いますが。
何が言いたいかというと、この分野においてはソーシャル・ブックマークがいまもまだ有力なメディアないしインフラだと思っている、ということです。弱い絆のグラフを容易に構築できて、日々のコミュニケーションのような雑事によってそのグラフが乱されたりはしない。実際いまも自分にとって一番重要な情報源はソーシャル・ブックマークにおいて follow しているユーザーが作るコンテンツ。つまりはてなブックマークにおける「お気に入り」機能です。
お気に入り機能は、follow したユーザーがブックマークしたものを見る、つまり follow したユーザーのソーシャル・ブックマーク上におけるアクティビティを眺める機能です。今風に言えば、ソーシャル・ブックマークにおける個人のタイムライン、ということになります。facebook や Twitter によって一般的になった News Feed / Timeline という概念をもって整理すれば、わかりやすいのではないでしょうか。
タイムラインあるいはアクティビティフィード、という観点から見ると、Twitter で「何を言ったか」より「誰が言ったか」の方が重要なことと同じように、何がブックマークされたかということより「誰がブックマークしたか」と言うことの方がずっと重要です。それに特化したアプリが欲しかった。
はてなブックマークのお気に入り機能を、タイムライン形式で眺めたかったのはそういう理由がありました。欲しかったけどなかったので、作りました。
”
“Google がうまくやれていない最後の一つは、プラットフォームだ。僕らはプラットフォームを理解していない。僕らはプラットフォームを自分のものにしていない。みんなの中にできている人はいるだろう。でも、そんな君はマイノリティだ。辛いことだけれど、これはこの6年で僕にはっきりと感じられた。僕は競争相手のプレッシャー、 Microsoft や Amazon や最近じゃ Facebook なんかが、僕らを一斉に目覚めさせて、ユニバーサルにサービスを始めるのを期待したりもした。アドホックな、中途半端なやり方じゃなくて、多かれ少なかれ Amazon がやったようにだ。一度に全てを。マジで。偽りなしに。今その瞬間から最優先事項として扱うというように。
でも、そうはなっていない。10番やら11番めくらいのプライオリティだね。いや15番かも?。知らないけど、とにかく低い。真剣に取り組んでいるチームもいくつかあるけど、多くのチームは考えてもいない。一度もだ。ごく一部の人々がちょっとした規模でやっているだけだ。
多くのチームに、彼らのデータと処理に対してプログラマティックにアクセスできるような、ちょっとしたサービスを提供させるのだって大変だ。彼らのほとんどは、俺達はプロダクトを作っているんだ、って思っているからね。そんでもってそのちょっとしたサービスなんてのはみじめなもんさ。 Amazon の教訓に戻ってリストを見てくれよ。そんで今すぐ使えるサービスを持ってきて見てくれ。僕が知る限りでは、そんなものはない。小ビンってのは便利かもしれないけどさ、そんなの車がいる時だけだろ?(訳注:この人、 Stubby という小瓶のビールと、 stubby という「ちょっとした・不格好な」という形容詞をひっかけてしゃべってます)
プラットフォームが無ければ、プロダクトなんて使い物にならない。いやもっと正確に言うならば、プラットフォームの無いプロダクトは、いずれ同等の機能を持ったプラットフォーム化されたプロダクトに、取って代わられる。
Google+ ってのはまったくまさに、エグゼクティブリーダーシップのとても高いレベルから(やあ Larry 、 Sergey 、 Eric 、 Vic 、やあやあ)枝葉の使いっ走りまで(やあ、君だよ)、全くプラットフォームを理解していないっていう良い例だ。そう、僕らはみんな、全く理解できていない。プラットフォームの黄金律ってのは、自分のドッグフードを食えってことだ。 Google+ プラットフォームってのは惨めなまでに後知恵だ。ローンチ時には一つたりとも API が無かった。そんで最後にチェックしたときには、僕らが提供してたのはわずかばかりのほんのちっぽけな API さ。ローンチの時、あるチームのメンバーが行進してきて僕にそれを説明してくれた。だから僕は訊いたんだ「でさ、これはストーカー用 API?」って。彼女はむすっとして、「ええ」ってだけ言った。いやジョークなんだよ…いや…ジョークじゃ無いんだ…僕らが提供する唯一の API は、誰かのストリームを読み出すだけ…。うーん、僕が間違ってたのか?
Microsoft はこの20年間ドッグフードルールで知られてる。この時代の彼らにとっての文化の一つなのさ。デベロッパにドッグフードを食わせて、僕らだけ人間のご飯を食べようってわけにはいかない。それは単に短期の成功のために長期のプラットフォーム価値を損なう行為だ。プラットフォームってのはまったく長期的な視点が必要なんだよ。
Google+ は脊髄反射の代物さ。 Facebook が成功したのは、彼らがすばらしいプロダクトを作ったからだって言う、まあ実に近視眼的なものの見方の結果として生まれたものだ。でももちろん彼らが成功したのはそんな理由じゃ無い。 Facebook は他の人たちにも何かをさせてあげられる、プロダクトの美しい集合全体を作り上げたから、成功したんだ。だから Facebook はみんなにとってそれぞれ違うものだ。 Mafia Wars に全ての時間を費やす人もいれば、 Farmville で遊ぶ人もいる。何百の、いや何千の、質の高い、暇つぶしができるってわけさ。つまり、みんなのためにふさわしい何かが必ずあるんだよ。
僕らの Google+ チームは、プロダクトを出した後のマーケットを見てこう思った。「おっとっと、我々もいくつかゲームが必要みたいだな。さっそくどこかと契約して、我々のために作ってもらおう」。これが信じられないくらい間違った考え方だってことが、君にもわかってきたかい?。問題なのは、僕らが、人々がほしい物を予測して、それを提供しようとしているということだ。
そんなことは出来ないんだよ。現実的にはね。確実にやる方法なんてない。もちろんコンピューティングの歴史全体を見渡せば、それを確実に信頼性を持ってできる人間ってのがごく数人いることにはいる。 Steve Jobs がそうだろう。でも、僕らの処には Steve Jobs はいない。悪いけど、いないんだよ。
Larry Tesler は、 Bezos が Steve Jobs じゃないってことを口説いたかもしれない。でも Bezos には分かっていた。全ての人にふさわしいプロダクトを提供する為に、彼が Steve Jobs になる必要はないっていうことを。インターフェースとワークフローこそが、人々が気に入り、安心感を得るものなんだっていうことを。彼はサードパーティの開発者にそれを可能にするだけで良かった。そうすれば、後の事は自動で進んでいく。
僕の言っていることが、あまりにも明白なことだろって感じているみんな(多かったらいいな)には申し訳ない。とにかくもうびっくりするほど自明なことなんだ。ただ、僕らがそれをやってないってことを除いてはね。僕らはプラットフォームを理解していない。プラットフォームを持っていない。アクセシビリティを理解していない。アクセシビリティを持っていない。これらは基本的には同じことだ。なぜならプラットフォームがアクセシビリティを解決するからだ。プラットフォームがアクセシビリティなんだよ。
”
Facebookがインフラになる未来
概要:Facebookは人間関係の情報に留まらず、人間のオンライン行動の情報の収集を続けており、我々のオンラインコミュニケーションにおけるインフラとしての地位を確立しつつある。主だったライバルが存在しない今、Facebookがインフラとなった先の未来について考えておくべきである。
5億人が集う場所
9月22日、Facebookが開発者イベントf8で様々な新サービスを発表するとともに、会員数が8億人を超えたことを明らかにした。1日のアクティブユーザー数は5億人に到達するそうだ。Facebookはこれまで多くの企業が試みたが、うまくいかなかったことを実現しようとしている。それは、インターネットを自分のものとすることである。
いまやFacebookは、友達と繋がってコミュニケーションをする、ただのSNSではない。写真や動画を共有し、様々なアプリやゲームを楽しめる統合サービスプラットフォームでもない。Facebookはインターネットを股にかけた、巨大な情報インフラになりつつある。世の中にはFacebookを大好きという人も、大嫌いという人もいるだろうが、そろそろ彼らがインフラを作っているという事実について考えなければいけないのではないか。
情報が集約される
Facebookはユーザ規模の大きさから、よく国に例えられることがある。この例えに倣えば、Facebookは今や中国、インドの次に巨大な国だ。この比喩がどこまで適切かは議論の余地があるだろう。しかし他のウェブサービスとは異なり、Facebookに登録することは、インターネットのあらゆる場においてFacebookユーザとして振る舞うという意味を持つ。そう考えると、確かにFacebookはオンライン国家と呼ぶのに相応しい。
たとえばニュースサイトにあるLike(イイネ!)ボタンを押すと、その行動はFacebookへ投稿される。先日発表されたRead機能の場合、ユーザが事前に設定を行っていれば、ボタンを押すまでもなくなにを読んでいるかがFacebookに伝えられる。facebook.comは言わばFacebook国の役所・広場にすぎず、Facebookユーザはほかのウェブサービスを利用していても、Facebook国民として見なされ、さまざまな行動がFacebookへ伝わる。インターネットにおける情報のやりとりが、Facebookというインフラの上でなされているのである。
他にもユーザのオンライン行動をトラッキングするサービスはある。広告配信サービスなどがそうだ。しかし、ここまで徹底して、行動情報を集めること自身を目的としているサービスはFacebookを置いて他にないだろう。そのため、Facebookにはプライバシを懸念する批判が常に付きまとう。議論によって方針が変えられた例もある。しかし彼らが着々とインフラを構築していることには変わりがない。
成功したセミオープン戦略
かつてのFacebookは、リッチではあってもよくあるクローズドなコミュニケーションサービスであった。しかし、2008年にFacebookConnectが発表されたころを境に、Facebookは一気にインフラを志向するようになった。人間やコミュニケーションに関するデータをクローズドに蓄えるだけではなく、他のウェブサービスとの連携に利用するようになったのだ。今では多くのウェブサービスがFacebookの読者欲しさに、Facebookとの連携をはじめている。Facebookはその連携から、ユーザの行動情報を収集して、自分たちのコンテンツとする。コンテンツはどんどんFacebookに集約されていくので、Facebookにはさらなる会員が集まる。そしてさらに多くのサービスがFacebookとの連携を試みる……。
WorldWideWebは原則として情報をオープンにするシステムであり、だからこそここまで成功した。2002年ごろからFriendstarやOrkutのようなSNSと呼ばれるようなクローズドなコミュニティが流行したが、これらはあくまで自分たちの殻に閉じこもるだけのサービスだった。しかし今のFacebookは、オープンとクローズドのいいところどりをした「セミオープン」戦略である。セミオープン戦略はここ数年のインターネットにおける最大の「発明」のひとつだろう。映画「ソーシャル・ネットワーク」に続編があるなら、ぜひ題材にして欲しいものだ。
日本での戦略は
日本でも昨年ごろからFacebookが話題となっており、ニールセン・ネットレイティングスによれば8月の利用者数は1000万を超えたそうである。この数字はいわゆる訪問者数(UU、ユニークユーザー数)であり、会員以外の人がFacebookの公開ページを訪れた数も含まれるため、実際の会員数がどれほどかは分からない。いずれにせよ個人的には、まだその程度なのかという感じがする。国産SNSのmixiは2000万会員を謳っている。8億人という世界規模を考えても、Facebookは日本で出遅れている。
無理はない。日本にはmixiやグリーといたSNSがすでにある。Facebookのユーザ獲得に大きく貢献しているオンラインゲームも、日本ではモバゲーやグリーといったモバイルゲームが先行しているため、新鮮味はない。コミュニケーションサービスという意味ではTwitterがかわりに人気を集めている。日本のウェブサービスに慣れた目から言えば、Facebookに新鮮味を感じないのも当然だ。しかし繰り返しになるが、Facebookが目指しているのは情報のインフラである。これから少しずつでもアクティブユーザ数が増えていけば、日本においてもインフラとしてのFacebookの価値はどんどん高まっていく。どうやってFacebookからのアクセスを集めるかが他のウェブサービスにとって重要な問いになっていくだろう。
ライバルは存在するか
インフラとしてのFacebookにライバルはいないのだろうか。GoogleはGoogle+のもとで自社サービスのソーシャル化をはじめている。今後はGmailやカレンダー、YouTubeもGoogle+化していくはずだ。しかし、すでにGoogle+化されたPicasaが中途半端な状態にあるように、現在のサービスの形を守りながらGoogle+へ移行するのは難しい。大勢の既存ユーザが反発するのは必至で、ここにジレンマがある。
日本では今もなお、mixiがもっともFacebookに近い存在だろう。FacebookConnectのようなmixi Connectというサービスも展開している。しかしmixiは「クローズドなSNSだから安全・安心」という切り口で多くのユーザを獲得してきたがために、Facebookのように他サービスとの連携をうまく進められていない。こうして考えるとFacebookは、ごく短期間のうちにmixiと同程度の会員規模にまで成長していくのではないか。
ビジネスに特化したLinkedInや、位置と連動するFourSquareのように、ほかに注目すべきSNSがないわけではない。しかしそれらはインターネット全体を覆う基盤になろうなどという野望を抱いてはいない。
未来はFacebookありきか
私たちのネットにおける行動をFacebookが収集し、管理する。それがどういう意味を持つのか、十分な議論が進んでいないように思われる。ひとつ確実に言えるのは、この勢いでFacebookが人気を獲得すれば、遠からずFacebookのない状態には戻れない日が来るということだ。すでに戻れないという人も多いかもしれない。
もしGoogleより優れた検索エンジンがあれば、私たちはそれほどためらいなく乗り換えるだろう。しかしGmailより優れたメールサービスがあったとして、乗り換えられない人は多いのではないだろうか。Gmailはメールのインフラだからだ。そしてFacebookが実現しようとしているのは、もっと巨大なインフラだ。そこには、私たちのコミュニケーションがあって、写真があって、人間関係があって、ニュースがあって、歴史がある。Facebookがf8で発表したサービスのひとつは、私たちの年表を作る「タイムライン」である。象徴的だ。Facebookは限りなく「私たち自身」と近付いて来ている。それは良いことなのだろうか?
「嫌なら使うな」「面倒になったらやめればいい」という意見もあるだろう。しかしFacebookを使わなければ、友達に連絡がつかなくなるかもしれない(Facebookはメールを時代遅れにさせようとしている)。就職活動でFacebookのアカウントと「タイムライン」の提出が必須になるかもしれない。インフラになるとは、そういうことだ。Facebookで三番目に大きい国という比喩は、もはやそう無邪気なものではないかもしれない。
考えられるアイデア:
- Facebookがインフラになるとしたら、いまのFacebookに足りないものはなんだろうか。決済機能、オンラインストアの組み込み、行政との連携。あるいはFacebookスマートフォン(HTCはFacebookボタンのあるスマートフォンを販売している)、それからFacebookPC……。
- Facebookがインフラになるうえで、乗り越えるべきハードルはなんだろうか。ガイド、コンサルティングの類はこれからさらに活発になるだろう。米国でFacebookは政界への働きかけを強めているが、Facebookに限らず民間ベースのITインフラと、国・政府のシステムのあいだを取り持つという役割は、今後ますます重要性を増すはずである。
- 一方で、Facebookをインフラにしたくない人達も間違いなく存在するだろう。そうした人達は代替になんのサービスを使うのだろうか。たとえばLinkedInは、フランクなFacebookでは取り扱いづらい就職・転職といったシリアスなイベントに絞ることで成功している。Facebookのネットワークを共用したくない場、Facebookではやりたくないことができる受け皿とはなんだろうか。
関連情報:
- Facebookの「f8」ページ
- Facebookの「タイムライン」機能紹介
- It’s the end of the web as we know it:Facebookが情報をコントロールすることへの懸念を書いた記事
- 「私たちの知っているウェブの終わり」を知らないっぽい :上の記事への反論
写真:85mm.ch
Google+をはじめるまえに、ひと呼吸、SNSについて想ってみる
Google+
http://www.google.com/intl/ja/+/learnmore/
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様々なSNSを渡り歩き、どこもかしこも経年劣化させてきた皆様、こんにちわ。
新しいのきましたね、Google+。
Google+についての解説は、生卵てんてーのブログ記事も紹介しておきます。
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みんな思い思いにSNSを使い倒してきて、いろいろな疲れ方をしてきたと思うんです。それで結局SNSごととかで人格分裂引き起こして妥協点見つけるとかしないと対外的にスマートな落としどころが見つからなかったりするわけですよ。そんな、”あー面倒くせえ”(C)byIWGP にケリをつけるべく登場したのが、このGoogle+なんだと思います。だから賞賛されてる。
主観的にSNSの経年劣化を書き連ねつつ、Google+までの答えを書いていきたいと思います。なので、これは僕のSNSやネットリテラシーなどに対してのひとつのスタンスであって、俯瞰してサービスを説明する記事ではありません。
閉鎖型のSNSは、クラス替えもない、進学も無い、引っ越しも無い、ずっと同じ教室で、長年ずっといなきゃいけないみたいな場所だと思う。mixiはじめてさ、大学生が会社立ち上げて仕事してる、っていう経過がリアルではあるのに、SNSではソーシャルネットワークは拡大していって、遡れる記録を辿られ、過去からの地続きの自分を認識されるわけです。そして、当然個々に振る舞いを使い分けるはずなのに、ひとつのサークルの中でしか、アクティビティを表明できないわけです。これら様々な不和がSNSの経年劣化であり、クラス替えの無い教室で延々と過ごす光景です。
*mixi Facebook
対称的共有の枠であるmixiでこういったSNS疲れを引き起こしたわけです。これは、FaceBookも同じだし、たぶん外人は同じ症状に悩まされて、今こじらせてる真っ最中な気がする。日本人にとっては、辿る順序として、mixi » FaceBookっていう流れになっているだけで、結局これ、SNSごと引っ越すことで環境リフレッシュさせただけで、SNSのスタンスとしては、mixiと同じ末路を辿るもので、mixiでの失敗をわかってない人はFaceBookでも経年劣化引き起こしてやがて使えなくなると思う。とにかくFacebookをみているとmixiが流行らなくなったから惰性でアカウントとってるような人が多い。日記とかみんな書いてないからアクティビティ共有の質で言ったらmixiの時代の方が圧倒的によかった。あと、徹底して”友人”とのフレンド登録共有をしている人がいない。DJはみんなプロモーションのために誰構わずリクエストで質の低いフォロワー構築しちゃってる。僕は必ずリアルで面識のある人だけにフレンドを留めているんですが、これがまたTLが最高につまらない。上がってくるのはクラブイベントの招待ばかりとか、Twitter連携きめてFBに同時投稿させたりとか、ほとんどスパム&ノイズの勢い。これ、もちろん自分にもブーメランな発言なので、周囲をdisっているわけじゃないんです。結局、僕がリアルの交友関係だけで構築して、至ってリアルな自分としての振る舞いを書こうとしたら、あまり冗談めいたことは書けないですし、パーティーの案内がくるのも当然なんです。僕はDJなんだから。FaceBookも対称共有であるわけです。つくづく人と向き合うためのSNSです。
ひとによって、使い方は違うと思うんですが、構築したTLをどういう赴きにしたいのか、どのSNSを使うとどのような赴きになってしまうのか。ここが重要なんだと思います。僕は、人と向き合うためのTLではなく、情報と向き合うためのTLを構築したいわけです。限りなく情報に近いパーソナルアクティビティ、という認識まで切り刻んで、面倒な摩擦を起こさないでコミュニケーションしたいんだと思います。たぶんそこまでマッシュアップしていくと、全てがコンテンツになって全てがノイズになって、そのゆらぎの中で、常に新鮮な体験ができると思うんですよね。なので、リアルな交友関係だけ抽出してしまうFaceBookというのは、僕が楽しい情報に常に充てられていたいという欲求からすると、ひどく縁遠いTLの光景になってしまうのは当然の解釈なのかもしれません。
クローズ型のSNSが息苦しくなって来たところで、全く真逆のアプローチで登場したのがTwitter。140文字という制約、1人称であるつぶやき。いろいろ許される開放的な空気がとても居心地のいいものです。ただ、あまりに広大に流れるソーシャルストリームがある中で、ローカルルール的なものを唱える輩なども増えてしまいました。Twitterは非対称で一方的ではあるが、フォローとフォロワーという視覚化されたパラメーターが”他人にどう見られたいか”をやはり意識させてしまうものなのです。気にしないで使うのが普通なんですけど、こういうのを気にしちゃう情弱がいるってことですね。うん、面倒くさい。
Twitterのいいところ。1人称のつぶやきという基本スタンスがあり、そこから多面的に表情を変えることができるのがTwitterのいいところです。これは1人称なのか2人称に向けてなのか、3人称に向けてなのか。誰かに話しかけているのか、世の中にシャウトしているのか。ソーシャルネットワークの肥大化によってもたらされる、複数のクラスタが流入して来ちゃって発言躊躇してしまうあれ。誰かに学名を考えてもらいたいね。普通はここでSNS疲れをひきおこすきっかけになるんですが、前述したTwitterのスタンスと言いますか、ある種の逃げ道。受けてからするとそれが誰に向けられて発信されたのかが見えづらい点。誰かに向けられたわけでもないかもしれない。リアルな交流でもそうだと思うけど、クラスタごとの振る舞いは当然違いますよね。Twitterだと誰かの違うクラスタへの振る舞いも眺めたりできるのがおもしろかったりして、その人の人となり、多様性を感じることが出来る。その反面、受け手ひとつの解釈で印象が歪曲するからあらぬ誤解を得たりね、嫌悪されることもあるかもしれない。
僕もこういうシチュエーションに立たされて面倒なことによくなったりするんですが、そんな情弱にあわせてる気もないんで放っておいたりしてるw。オープン型のSNSはとりあえず恐れずにアクティビティ共有していかないとダメだと思う。余計な野次なんかに構ってられない。面白いこと何も生まれないし、やりもしないで批判したりはナンセンスだよね。
でも、言うても、さすがにちょっと狭くなって来ましたよね、Twitter。なんでこうも情弱増えちゃうのってw。そんな息苦しさありますね。周囲を見ているとね。僕はあまり気にしてませんけどもw。SNSとは人そのものの渦。どんなにこれが素晴らしいと思えても経年劣化というのは引き起こしちゃうんですね。
*Google+
そこでやっぱり、クラスタごとにアクティビティ共有したほうが、情弱とか回避できるし、いいんじゃね?、みたいなサービスがGoogle+のサークルという概念です。
サークルという機能をトップダウンに持って来ているアプローチがとても明快なのです。
Facebookやmixiにも似たような機能ありました。グループ分けして公開範囲を設定できました。ただしmixiは途中からサービスインした付加機能であり、時すでにお寿司状態で、そこまでクラスタ分けして使おうというモチベーションを喚起させるには至らずに、摩擦を緩和させる程度の効き目だったはずです。
サークルってのは一見、閉鎖的で馴れ合いの巣窟なんじゃないかって見え方もあるのかもしれませんが、誰がどのサークルに入っているか相手からはわからないのです(基本的には)。つまり、自分が他人にどう見られているか?、ということを意識する必要はないですし、意識しなくてよいのです。僕が共有したサークル、あなたにはそれをコントロールする権限もローカルルールも発動できないのです。
例えば僕だったら、友達、二コ生関係、ビデオチャット、DJ、とかサークル分けをしたりしているんですけど、アクティビティ共有の中には、これらを組み合わせたり、また一般公開という設定もあるので、閉鎖的なようにみえて、流動的に蛇口をコントロールできるのが便利です。
使用感なのですが、この”サークル”ってやつを秘密サークルにしちゃいけないな、っていうのを感じました。誰かを入れないためにサークルを作るのではなく、この話題は、あの人にとっては無関係だな、興味ないだろうな、ネタ通じないからマジレスしちゃうんだろうな、とかそういうやさしさ補正でサークル作りに取り組むといいんじゃないでしょうかねw。どうしても限定的なコミュニティが発生するとそこでしか取り交わしできないコミュニケーションてのはあると思うのですが、この辺の使い方には精神衛生を保つためのハンドリングが必要だと感じました。
しかし、Google+が一般公開という設定を設けたということは、これをオープンに使うもプライベートに使うもサークルで仕分けできるんだから自由に使いなよ、ってスタンスがあるわけです。Twitter的で、開いた印象を持てるし、”サークル”という概念が最もな魅力でありながらも、基本は一般公開でアクティビティを共有していって、そこから派生し、深化していくソーシャルネットワークが現出するならば”サークル”で切り離すこともできて、その苗を別の鉢で育てることもできるよっていう。デメリットをいえば、サークルごとに切り離されることでアクティビティが見えなくなっていきます。パブリックな視点から見れば減っていく状態です。これをどう捉え、バランスをとるのかが重要かと思います。個人的にはTwitterでのアクティブな状態をできるだけ恐れないで運用していって、どうしてもふさわしくない、または摩擦が起きやすい状況に、サークルに落とし込むのがベストだと思います。
Google+のSparksとHungout
ハングアウトって言葉がGoogle+をあらわしていると思います。意味はぶらぶらする、だらだらする、溜まり場に集まる。まあ、こんな感じ。ビデオチャットの機能は最高です。ステカムに入り浸ってWEB呑みしたりとか、二コ生の楽屋裏として作戦会議したりとか、あのときの感覚に似ているかも。Skype会議とかで楽しんでる人とかも同様の感覚だと思います。ビデオチャットはTLで取り交わすコミュニケーションの最も接点が大きい状態。SNSという概念から外れないものなのです。逆に言うとビデオチャットの抽象度を高めたものがTwitterだったりのTLになります。接触面のふり幅を両極端に搭載してしまったGoogle+は、だからすごいのです。
今のGoogle+は、パブリックTLでは、Tumblrライクなネタ画像とかが飛び交っています。一番摩擦を起こさずにみんな笑えたり、積極的にシェアできる記事がこの手のものになるからです。つまるところパブリックな場でのスマートな落としどころがこれなのかもしれませんね。
*Tumblr
Tumblrはコンテンツと向き合うためのSNS。しかし、Reblogという行為は愛だ。コンテンツの向こう側にいる相手への賛美。コンテンツを通してその向こう側の人間に対して拍手を送っているわけだ。自らアウトプットしたり、ネットからネタを拾って来てスクラップしたり、そしてそれらをさらにリブログをしたり、みなTumblrに投じているユーザーは、キュレーターであり、キュレーション能力を能動的に働かせている。人となりを共有するわけではない、もっと個人的な趣向をひたすら表明していたりする。ライクをつけるなら、コメントをつけるなら、黙ってリブログをしてくれ。お前のものは俺のものというジャイアンよろしくな寛容的な精神によってシンプルでありがなら強固なソーシャルストリームが巻き起こっている。
正味な話、誰かと触れ合うのならネット越して体温を感じることは出来ないわけで、求める必要は無い。楽しくてフレッシュで、毎日が刺激的な情報を取得できればいいんですよ。大量のRSSフィードにちょっぴり人間味がある程度、それがスマートなSNSの形でいいだろう。ってことを考えたので、Tumblr最強説を唱えておきます。結局、割り切ってドライなスタンスが心地いいと感じれる人じゃないとSNSの利用は難しいね。
まとめ
SNSってのは、人が集まらないと何もはじまらないので、人がいることが大事なんですけど、似たようなSNSであっても見せ方や解釈、時代背景とか、そういういったSNS消費の中で、ずいぶんと使用感が変わってくるものです。人間はどうも不揃いで面倒くさい生き物だよなー、これでうまくやってくれよっていうのがGoogle+です。だから次こそは失敗しないように使いたいものですね。ひとはひとつでしかありえないのだから、それぞれのSNSで人格分裂引き起こすんじゃなくて、私が発信するある一部分を誰かに対してフィルタリングしてあげるやさしさみたいなものを持ってあげるのが大事なのかな。
誰かを拒絶したり嫌悪したりっていうのはよくない発想だよ、可能な限りリーチをのばしてあげつつも、紙一重のやさしさフィルタリングを駆使してソーシャルネットを広大に見渡してハングアウトできる能力が欲しいねw。
Google+をはじめるまえに、ひと呼吸、SNSについて想ってみる、記事でした。
後記:端的に短く書くことも可能だけど、咀嚼してやわらかい言葉で書いてしまうのは僕の癖w。そして、遠回りだから、ゴールまでに息切れする人が多いと思うw。全然まとまってませんでしたが、最後まで読んでくれた方ありがとう。
“Twitter にせよ Facebook にせよコミュニケーションの中心は SMS 程度の長さの文字、もっといえば SMS のもとになった葉書程度の長さの文字、というふうになっているわけです。これくらいの文字をシンプルな UI で提供するというのが一番コミュニケーションを加速するのだと思います。
一方 Tumblr にはいろんなものを投げることができたり Reblog なんていうシステムがあったりしますがこちらはコミュニケーション色はかなり薄いです。
で振り替えって + ですが Tumblr のようになんでも投げられて Twitter と Facebook の中間ぐらいにはコミュニケーション色が強いです。結果として Twitter のようにも Facebook のようにも普通のブログのようにも Tumblr のようにも虹裏のようにも使えて、結局何に使えばいいのこれ感がかなり強くなります。
”
“Facebookには”対称的共有”があり、そこでは二人の人間がお互いにフレンドであることを確認でき、互いにいろんなものを非公開または公開で共有していける。Twitterには”非対称的フォロー”があり、誰かが公開でツイートし、誰もがその人がブロードキャストするものをフォローできるが、でもその人自身は、自分をフォローしている人をフォローしなくてもよい(したがって非対称)。Twitterは、一方向的だ。
そしてGoogle+にあるのは、”非対称的共有”だ。あなたは人びとと一方向的に共有できるが、’人びと’のほうではあなたと共有するとはかぎらない。
”



